第110話 大人っぽい、子どもっぽい

考え方が変われば生き方も変わります
悩むことで心を傷つけるより、頭を使って考え、違う生き方を試してみませんか

大人っぽい、子どもっぽい

人のうわさ話などで「あの人、大人っぽいね」とか、「あの人、子どもっぽいね」などということがありますね。

「大人っぽい」、「子どもっぽい」ってどういうことなのでしょうか。

そもそも「〇〇っぽい」と表現される場合は、印象として「〇〇」のようであるとか、「〇〇」に近いとか、「〇〇」の傾向があると感じられるものの、実際は「〇〇」とは思えない、という意味に多く使われると思います。

「〇〇っぽい」という表現は、「大人っぽい」、「子どもっぽい」のほかに「白っぽい」「黒っぽい」「安っぽい」「風邪っぽい」「怒りっぽい」「忘れっぽい」「キザっぽい」などがありますが、一般的な会話の中ではほかにあまり使われないような気がします。

「大人っぽい」という評価は、その人にとって比較的いい評価ととらえることができ、「子どもっぽい」という評価を受けた場合には、親しみを込められたり、見下された評価を受けた場合が多いですね。

大人っぽい

「大人っぽい」という評価をする場合には相手の振る舞いについて、分別がある、話し方や所作が落ち着いている、感情的にならない、言うことに論理的な筋が通っている、話をよく聞く、相手の言うことを否定しない、自分の意見を押し付けない、物知りであるなどの印象を受けた場合でしょう。

世間一般で期待される大人としての振る舞いは、相手に対して話しを聞く、ほめる、励ます、任せる、失敗を許す、見守る、細かな口出しをしない、成長を促す、個性を生かすようにするなどですが、「大人っぽい」振る舞いはそこまではいかなくて、実年齢の割には同じ実年齢の人たちと比べて見た目や振る舞いが、うわべだけの大人にように感じられるということでしょう。

さらに言うと、大人らしい振る舞いや判断をすると周りの人から「大人っぽい」という評価を受けますが、逆に言うとそれまでや普段の振る舞いなどがそうは思っていなかった、とか「子どもっぽい」ということだったのですね。

子どもっぽい

「子どもっぽい」という評価をする場合には相手の振る舞いについて、言葉遣いや所作が子どものようでかわいい、わがままである、自分の思いどおりにならないと機嫌が悪くなる、すぐ感情的になる、世間一般の仕組みを理解していない、趣味やこだわりが子どものようなどの印象を受けた場合でしょう。

一般的には分別のある一定の年齢になっているのに、振る舞いが子どものようにかわいらしかったり、幼稚だったり、無分別な判断をしたりすると「子どもっぽい」という評価を周りの人から受け、場合によっては思っていたよりかわいい、親しみを感じるという意味合いもありますが、多くの場合は見下されたり、これまでの評価を見直されたりして、必ずしも本人にとって望んでいるものではないものになっているようです。

ただ、ある程度の年齢になると「子どもっぽい」とは言われずに、“いい歳をして”などと言われたりします。

相手への印象、評価

自分はある程度分別のある大人レベルである、という認識、前提で他人(ひと)を評価するものですね。

ほかの実年齢の人たちと比べたり、自分と比べて言葉遣いや振る舞いや年上の人のように感じられると「大人っぽい」ということになり、逆に年下のように感じられると「子どもっぽい」ということになるのかもしれませんね。

自分を「子どもっぽい」と思っている人は「大人っぽい」人に惹かれるし、自分を「大人っぽい」と思っている人は「子どもっぽい」人に惹かれる傾向があるのではないでしょうか。

顔つきや身体つきに対して「大人っぽい」とか「子どもっぽい」という表現は、取りようによってはハラスメントになる可能性があるので注意をしましょう。

「〇〇らしくない」

「大人っぽい」、「子どもっぽい」という人物評価と似ているものに「大人らしくない」、「子どもらしくない」というのがあります。

意味やニュアンスとしては、「大人らしくない」は「子どもっぽい」と同じくくりですが、「大人らしくない」には大人としての期待感に反するという印象が感じられ、「子どもらしくない」は「大人っぽい」と同じくくりになるのではないかと思いますが、「子どもっぽい」には多少愛しさが感じられるものの、「子どもらしくない」には多少の失望感を感じているように思います。

「大人っぽい」という印象ではなく、「子どもらしくない」振る舞いをする子どもに対して「ませている」という表現をすることがありますが、その場合は年相応の「子どもらしい」かわいさを感じられないというマイナスのイメージに使われることが多く、「ませている」の反対の「奥手のようだ」とか「うぶだね」などという場合には、年相応の「大人らしい」振る舞いのマイナスのイメージではなく、世間ずれなどをしていなくて純粋だと感じるという評価に使われることが多いようです。

「〇〇っぽい」や「〇〇らしい、○○らしくない」というのは、人を評価する側のこれまでの経験による基準がベースの主観的であるものの、多くの人が同じように感じている場合もあるので、共感を得られることもありますが、そのように評価された本人はそれをどう受け止めるかですね。

周りの人からそのような評価を受けていることを知っている場合と、知らない場合があり、また、本人が意識してそのように振舞っているのか、無意識なのか、そしてそのような評価を本人が受け入れているのか、抵抗しているのかなどいろいろな状況がありますね。

大人っぽい、子どもっぽいの原因

子どもが「大人っぽい」振る舞いをするということは、家庭やテレビなどでよく目にする大人の振る舞いを真似ている場合が多く、そのパターンでいうと「子どもっぽい」振る舞いをする大人は、模範となるような振る舞いをする大人が身の回りにいない場合とか、よく目にする大人の振る舞いを真似したいとは思っていないなどの場合でしょう。

「大人っぽい」振る舞いをする子どもは家庭環境の影響が大きいでしょう。

いろいろな意味で「子どもらしく」してはいられない家庭で育ったから、というのが主な原因ではないかと思います。

両親やきょうだいが立派な方たちで、またはしつけなどが厳しい方たちで、その人たちをお手本として育ってきたか、「子どもらしい」振る舞いが許されなかったか、などの状況が想像できます。

「子どもっぽい」振る舞いをする大人に対して「ピーターパン症候群」という表現をすることがあります。

「ピーターパン症候群」とは、正式な病名ではなく、症状や原因などについていろいろあるようですが、現実逃避的な心理状況が多くみられるのではないでしょうか。

「大人っぽい」子どもは、やがて本当の大人になれば「大人っぽい」とは言われなくなりますが、「子どもっぽい」大人は、よほど大きなきっかけがないと変わることは難しいかも知れませんね。

「子どもっぽさ」を変えるためには、本人の自覚や決意だけでなく、親やきょうだい、友人たちなど身近の人たちの協力が必要かも知れませんね。

そもそも、どんな人も完璧な性格だったり、誰からも好かれる万能の性格の人などはあまりお目にかかれないので、「大人っぽさ」や「子どもっぽさ」も程度が許容の範囲であれば、それぞれの個性として受け入れて、親しくお付き合いをさせていただければいいのではないでしょうか。

羽澤 幸成

学生時代の県人会幹事長として、のちに大活躍される国会、県会、市会の議員の方や役所の方、趣味の音楽活動を通じて芸能の世界で生きている方など多くの人たちに接し、社会人になってから海外進出など多くのプロジェクトを軌道に乗せ、その分野の専門の方たちとも知り合い、いくつかの新しいことにもチャレンジして、早期退職後の企業信用調査の仕事では、それまでの大きな会社の人たちとは違う中小企業や個人事業の方たちとお会いし、いまは地域コミュニティ活動を通じて地域の方たちと交流活動をしています。
それらのキャリアを通じて、たくさんの経験をし、外国の方も含め多くの人たちに出会い、楽しいことばかりでなく、いやな思いもたびたびして、いろいろなことを学びました。
それぞれの世界で、多くの人たちが作る人間模様のなかで、うまくいっている人やそうでない人もいて、能力以外に考え方が違うのだ、と感じました。
人それぞれ考え方が違うので、当然に生き方も異なり、一緒に仕事や生活をしながら、なぜ、そうするのかを考えることの繰り返しで対応しながらも、自分の信念は曲げずに生きてきたので、心を痛めて悩んでいる人に、こうは考えられないかな、と頭を使って苦境を打開するキッカケになってくれればと思っています。

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生き方の考え方

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