雑記その19 生活音

考え方が変われば生き方も変わります
悩むことで心を傷つけるより、頭を使って考え、違う生き方を試してみませんか

身の回りの音

生活をしていると身の回りではいろいろな音が聞こえてきますし、意識して聞くこともあります。街のなか、学校や職場のなか、家のなかでも居間や台所、自分の部屋でさまざまな音がします。

もちろん身の回りには音だけではなくさまざまな色や形、におい、味覚、感触のものがあります。

一人で暮らしていても部屋のなかにはテレビの音声やスマホ、パソコンの動画やゲームなどからの音声があったり、洗濯機や掃除機などの家庭用電気製品の音などが聞こえてきます。

家族と暮らしていればさらに、家族の会話の声や足音、ドアの開閉など家族が作り出すさまざま音が聞こえてきます。

室内の日常生活において発生する音には話し声、ドアの開閉音、洗濯機や掃除機などの使用音、テレビやステレオなどの音があり、さらには集合住宅の上の階の足音など、通常の音量であれば問題はないのですが、近隣住民が不快と感じる大きさの場合は、生活騒音ともいうそうです。

生活音というとおもに、部屋のなかで聞かれる音や声などですがほかに、窓の外からの街なかの音が聞こえ、さらに街に出れば電車やバスが作り出す音、最近は静かになったとはいえ自動車の音、店舗からの賑わいの音、なによりも人の雑踏の足音、人の声などの雑音、そのほかさまざまな騒音が聞かれます。

私の居住地域は住宅地で近くに工場などもなく静かで、夜間などは車の音さえもしないのですが、以前街なかに住む友人が我が家へ泊まりにきた時に、静かすぎて眠れない、と言っていました。ふだん聞きなれた音が聞こえないと落ち着かなくなるのかも知れませんね。

生活をしていれば自然に発生する音や耳への情報としての音、効果などをねらって作り出す音、それらはみんな、生活音として耳に入ってきます。

音とヒトの行動

生活音をもう少し広い意味にとらえ、自分の身の周りで聞こえてくる、迷惑とならない程度の日常的な音や声だとするとヒトの活動や行動に伴って発生する音や声、雨や風そして木々のざわめきや小川のせせらぎなど自然が作り出す音などがあり、雷など必ずしも心地いい音ばかりではありませんがさまざまな音で囲まれていることに改めて気づかされます。

以前は、音を聞けばその発生原因である生活の様子などを想像することができました。機械や道具を使って働いている様子や電車や自動車、雑踏や話し声などヒトの活動の様子、洗濯機や掃除機、テレビなど生活に関連する音など、それらの音を聞けば発生の原因となる活動や行動が頭に浮かびました。

身の回りの音はほかにも、最近そのような場所に出かけなくなったからか、実際には音がでているのに気ぜわしく生活していて気がつかないからか木々の枝や葉が風にそよぐ音とか鳥たちのさえずる声とか、川のせせらぎの音とか自然の調べともいえる音をしばらく聞いていない気がします。また、昔はココロに余裕があったからなのか、シンシンと降る雪の音さえも聞こえていたような気がします。

生活音の変化

人々が生活をしていく上でさまざまな行動に伴って自然に、必然的に出てくる音や話し声などのほかに街なかでは、注意喚起などのためになにかによって作り出される踏切や自動車のクラクションなどの昔からある音や、最近の道路の信号機の歩行可能などの合図の音などもよく耳に入ってきます。

そのような気を引き締めなければいけない音やお祭りのおみこしなどのかけ声などワクワクする音もあります。

身の回りで聞こえる「生活音」や「街なかの音」も時代とともに変わってきている気がします。

ひと昔前繁華街では、店頭やアーケードのスピーカーからさまざまな音楽が鳴り響き、夏にはハワイアン音楽が流れ、クリスマスのころにはジングルベルなどが聞こえてきましたが、最近では街なかで音楽を聞くことが少なくなり、また聞こえてもボリュームは以前ほど大きくはなくなりました。

家のなかでも朝食の支度も、みそ汁を作るまな板の音などはパン食化が進み、また電子レンジの活躍などで聞かれなくなりました。

公園や広場でも子どもたちは遊んではいるのですが、以前のように大声で騒いだり、ふざけ合っている様子を見ることはあまりなくなった。

駅のホームでも電車の発車のベルや到着を知らせるアナウンスなどもおとなしくなり、ワサワサとあわただしさをあおる感じから、電子音やメロディーに変わってなごみ感を演出し、それに合わせて満員の雑踏も限定的になってきた。

乗用車はハイブリッドが主流となり、トラックでさえもエンジン音や排気音がしない、もしくは以前よりはだいぶ小さくなりました。

電車のなかや街を歩いている多くの人はイヤホンやヘッドホンをつけて音楽を聴いているというより、外部の音を遮断している感じに見受けられます。その状態では当然に周囲の生活ンは聞こえませんね。

余談になりますが、ソニーのウォークマンを初めて耳にした時、左右の耳から聞こえてくる音が頭の上で重なり合うステレオ感に驚いたものでした。家の音響機器の前に座ってヘッドホンをつけてでないと味わえなかったことが、街のなかや電車のなかでも体験できるようになったことで生活に大きな変化が起きました。

実際には音や声が出ているのに耳を傾ける余裕がないからか気がつかないことがあり、また聞こえてきても人工的なピとかプなどの電子音が多くなってきたので、いままで聞いたことがない音などでその発生源の活動が想像しにくく、AIによるガイダンスなどの自動音声などさまざまな音が混在しているので、音を区別するのも難しくなってきたのは、音とヒトの活動との距離や関連が遠くなったからでしょうか。

生活臭

生活をしているとさまざまな音にも接しますがさまざまなにおいも感じますよね。

あまりいいイメージはありませんが、音に例えると生活臭とでも言うのでしょうか。

料理の時の臭いや工場などの油の臭いのほかに花などの香りなど自然に出てくる臭いもありますが、香水などのように人工的に作り出される臭いというか香りもありますね。

自然な音や臭い

おいしそうな臭いのほかに花や木々の若葉の香りもありますが、それが単独で匂ってくればいいのですが、さまざまな臭いが混ざると、音の場合以上に不快感がありますね。

なぜなのでしょう。

音はいろいろなものが混ざっていても、それぞれが独立していて騒がしさはあってもボリュームが小さければあまり不快には感じませんが、臭いはいろいろなものが混ざると一体化してしまい、得体のしれない臭いになるから不快に感じるのではないでしょうか。

イヤな臭いは窓を開けたり換気をしたり、脱臭剤を使用したりして消すことができますが、イヤな音の場合は消すことが難しいので自己防衛として耳栓などで耳をふさぐかイヤホンなどでほかの音を聴くなどの方法が考えられますね

音も臭いも適度で、いつもどおりがいいですね。

先の我が家にとまった街なかに住む友人の話しではありませんが、いつも聞こえてくる音が聞こえなかったり、自分で意図しない音のないまったく静かな環境というのも不安をかきたてる要因になるかも知れませんね。

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