第112話 ルサンチマン

考え方が変われば生き方も変わります
悩むことで心を傷つけるより、頭を使って考え、違う生き方を試してみませんか

ルサンチマンとは

「ルサンチマン」という言葉があります。

「マン」とあるので「人」や「男」を連想してしまいますが、そうではなくてフランス語で「ressentiment」と書き、フランス語ではよくある語尾なのですが、「ルサンチマン」とは哲学上の概念で、簡単にいうと社会的や経済的など立場の強い人に対する、その逆の立場の弱い人が抱く憤りや憎悪などの感情をいいます。

立場の違い

世の中の人間関係では、さまざまな状況によって相対的に、また程度の差はあっても立場が強い人と弱い人が出てしまいます。

それぞれの関係のなかで、立場というものを背景にした振る舞いがあり、それに対してお互いがさまざまな感情を抱きます。

親と子、兄・姉と弟・妹、上司と部下、先生と生徒、医師と患者などの関係性が原因となる立場の違いのほか、容姿や体形、勉強、営業成績、スポーツや芸術などの才能といった個人差を原因とする立場の違いです。さらには経済的な貧富の違いや年齢など絶対的な差となる老若という立場の違いもあります。

しかしそれらの違いはある一面だけに限ってのことで、複合的な要素はあるもののすべてについてではなく、ましてや人格というレベルでは相対的な優劣はつけにくいのではないでしょうか。

相対的に起こる立場の違いでは、その点で優っている側の人は優越感を持ったり、一般的には優位とみなされ、劣っている側の人は引け目や劣等感、コンプレックスを感じたり、一般的には不利ではないかと思われてしまいます。

自分を他人(ひと)と比べれば相対的に立場の違いがあることは当然のことです。

立場の弱い人

ある点で相対的に優っていたり、優位に立っている人は、生まれながらという人もいるかも知れませんが、一般的にはそれなりに努力をしてその立場になることができたと考えられるものの、同じように努力をしても同じような立場にはなれなかった人もいます。

相対的に優位な立場にある人が、おごることなくそうでない人に対していたわったり、優しくしたりすることで周りの人からは高い評価を得ることができます。

逆に、立場の弱い人が同じように周りの人から高い評価を得るためにはどのような振る舞いをすればいいでしょうか。

もちろん、ほかの優れている点があるので、それに対して高い評価を得ることができれば、ある点での立場の弱さは十分に補うことができます。

よくあるのは、立場の弱い人が好ましくない振る舞いを行うことが原因で周りの人から低い評価を受けることになることです。

ひと昔前には、ある点で他人(ひと)より劣っていることに気がつき、劣等感などを持つなど立場の弱い人は、その面での比較になったり、そのことが話題になったりした場合にはできるだけそのことにかかわらないようにしたり、そのことに気づかれないように口を閉ざしたりしてどちらかと言えば控えめな振る舞いで、おとなしくしていることが多かったのですが、最近では、立場の弱い人が、すべてということではないのですが、なかにはその状況に反発するようにSNSという強力な武器を得て、世の中をリードしたり、仕切っているような感覚で過激な言葉を使い、ある一点だけを突いて声高に誹謗や中傷するような振る舞いをしていることを見かけます。

ルサンチマンを持つ人の行動

立場が優位な人は、それを得意げに語ることをあまりすることはない一方で、SNSでは立場が弱い人がそれを不満として立場の優位な人に対して中傷したりするので、SNSへの投稿の内容は意見や批判というより不平や不満、中傷などが多くなる傾向があります。

自分の劣等感などから生まれる感情なのですが、その不満をさも社会批判のように語り、原因を世の中や他人のせいにして、自分の不満を正当なもののように語ります。

なぜそのようなことをするのかを想像すると、このブログ「第20話「み族」になるな」で書いたように、このような行動をとる人たちの共通点は、相手に対する「ヒガみ」「ネタみ」「ヤッカみ」「ウラみ」「イヤみ」の気持ちの持ち主で、これらの感情は「み」が付くのでそのような人たちを「み族」と呼ぶことにしたのですが、その感情が強くなったからではないでしょうか。

昔は、不満などを言うと弱音ととらえられて、周りからあまりいい評価を受けなかったので、不満などがあっても言わないようにこらえて、自分なりの解決方法を考え、その状況に対処したものでした。

不満などを言うのは弱い人間だ、というのはある意味で当たっているのかも知れません。

誹謗や中傷で状況は変わらない

あながたうらやましいと思っている立場の人に対して、SNSなどで誹謗や中傷をしても一時的に憂さを晴らした気がしているだけで、あなたの状況は何も変わらないので、心のバランスを取るために誹謗や中傷をし続けることになります。

ではどうすればいいのかは「第20話「み族」になるな」で書きましたが、自分を見つめることではないでしょうか。

あながたうらやましいと思っている立場の人は、生まれながらや運もあったかも知れないけれどそれなりの努力があったからの結果なので、結果だけではなくてそこに至る過程に思いを向ければ、ただうらやましいとだけ思うことはないでしょう。

自分だってそれ相当の努力や苦労をしてきたのに同じような結果が得られなかったのは、ほかに何か原因があったからでしょう。

うらやましいと思っている立場の人ほど努力や苦労をしてこないで、ただ結果だけを妬ましく思っているのならば話しにならず、単なる感情論に過ぎません。

感情論でSNSを使って匿名で誹謗や中傷を言われたのでは、言われた側は反省することもできず、反論することもできないわけですから手の打ちようがなく、単なる雑音でしかありません。

それなので気にする必要はないと思うのですが、たとえごく一部の人の考えでも、その頻度が高くなると世の中の多くの人の考えと錯覚してしまうのでしょう

まさに「言葉の暴力」ですね。

状況を変えるためには、うらやましいと思っている人のように努力をするか、うらやましいと思っている人と自分を比べないことです。

よく考えてみれば、あなたがうらやましいと思っている人は、あなたのすべてについて優位な立場にあるわけではなく、ある一点だけを比べてのことなのではないでしょうか。

あの人は「お金をたくさん持っているだけじゃないか」とか、「成績がいいだけじゃないか」とか、「容姿がいいだけじゃないか」ということで、私には「優しい家族がいる」とか、「親しい友人がいる」とか、「楽しい仲間がいる」とか、私は「絵を描くのが得意」とか、「、鉄道には詳しい」とか、「足の速さなら負けない」とか、自分のいいところを見つけて自分を好きになることができれば、うらやましいと思う感情は少しは薄れるでしょう。

実は、自分が何かで劣っているために起きている状況の原因を、自分への反省以外の世の中や他人(ひと)のせいにするために不満などを感じているなど、自分は弱い人間だということに気がついていて、そんな自分が嫌いだからの反発の行動となりますが、弱い人は自分を変えることなく相手を攻撃することで一時的な憂さ晴らしをする傾向がありますが、強い人は自分の至らないところを反省して、それを克服するようにするなど自分を状況への対応力強化へと変えていこうとするでしょう。

大切なことは、どちらを向いて生きていくかですね。進むスピードは遅くても、方向さえ間違えていなければ、いつかは自分が望む状況にたどり着く可能性がありますが、方向が間違えているのならば、どんなに頑張っても望む状況にたどり着くことはできないからです。

進む方向ですから、後ろや過去を向いているようでは前に行くことはできませんね。

羽澤 幸成

学生時代の県人会幹事長として、のちに大活躍される国会、県会、市会の議員の方や役所の方、趣味の音楽活動を通じて芸能の世界で生きている方など多くの人たちに接し、社会人になってから海外進出など多くのプロジェクトを軌道に乗せ、その分野の専門の方たちとも知り合い、いくつかの新しいことにもチャレンジして、早期退職後の企業信用調査の仕事では、それまでの大きな会社の人たちとは違う中小企業や個人事業の方たちとお会いし、いまは地域コミュニティ活動を通じて地域の方たちと交流活動をしています。
それらのキャリアを通じて、たくさんの経験をし、外国の方も含め多くの人たちに出会い、楽しいことばかりでなく、いやな思いもたびたびして、いろいろなことを学びました。
それぞれの世界で、多くの人たちが作る人間模様のなかで、うまくいっている人やそうでない人もいて、能力以外に考え方が違うのだ、と感じました。
人それぞれ考え方が違うので、当然に生き方も異なり、一緒に仕事や生活をしながら、なぜ、そうするのかを考えることの繰り返しで対応しながらも、自分の信念は曲げずに生きてきたので、心を痛めて悩んでいる人に、こうは考えられないかな、と頭を使って苦境を打開するキッカケになってくれればと思っています。

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